馬場弘介(ばばひろすけ)     天保12年1月13日〜明治22年2月25日(1841-1889)

    儒者・官史。名、弘介。字、伯立。姓、源。下野河内郡上三川村(栃木県)出身。すこぶる古典に通じる。明治2年(1869)矢貝七郎三郎・市原義兵衛らと行政官書記。明治3年(1870)江沢温故らと太政官主記、集議院大主典。横川美高・伊藤脩らと正院少主記。正院9等出仕。明治8年(1875)桂冠。のち神職。49歳。母、下野宇都宮福島光利の娘福島桝子/福島貞常/馬場貞常(天保13年〜明治7年5月7日没、33歳、号:貞常)。長男、信造(明治17年6月8日没、23歳)。

墓は、天王寺墓地。甲9号18側横通路を入り、花山院墓前を入りすぐ左側。正面「馬場弘介君之墓」。母「貞常福島氏墓」および長男「馬場信造之墓」と並ぶ。