垪和為昌(はがためまさ)    安政3年3月23日〜大正3年11月21日(1856-1914)

    化学者・東京帝国大学理科大学教授理学博士。幼名、要蔵。字、泰圃。父、岡山浅尾藩士垪和為継(1831-1898)(長男)。岡山県出身。浅尾藩校で学んだ後、明治5年(1872)15歳で共立学校、開成学校、外国語学校などで語学を学ぶ。明治8年(1875)工学寮に入り、ダイバース教師に実験無機化学を学び、明治14年(1881)工部大学卒業、工学士。工部省出仕。明治19年(1886)ダイバーズと共に東京帝国大学理科大学助教授となり、無機化学を講義。明治27年(1894)理学博士となる。明治29年(1896-1898)フランス・ドイツ・イギリスに留学。明治31年(1898)3月帰国。明治32年(1899)東京帝国大学理科大学教授。大正3年(1914)東京大学名誉教授。正四位勲三等。58歳。子弟に池田菊苗、柴田雄次など。

墓は、谷中霊園乙3号11側。垪和為継墓も同一区画にある。「国光院徳昌宗賢居士」。