原田力蔵(はらだりきぞう)     明治33年6月30日〜昭和60年7月20日(1900-1985)

    スポンジ張り卓球ラケットの発明者。埼玉県川口市出身。家が貧しく10歳で岩槻市浄国寺の徒弟となる。17歳で還俗し芸人の世界に入る。33歳で芸人を止め、ビリヤード場を経営。昭和21年(1946)卓球ラケットの製造を始める。昭和25年(1950)日暮里卓球会館設立。一流選手の練習場となる。同年アームストロング株式会社を設立し社長となる。卓球ラケットの改良に研鑽し、昭和27年(1952)スポンジ張り卓球ラケットを発明。これを佐藤博治選手が使用して世界選手権で優勝。スポンジ張り卓球ラケットが世界に知れ渡り、アジア卓球大会・世界卓球選手権大会にその台やポールネットが採用される。86歳。

墓は、寛永寺第2霊園。徳川吉宗墓側石垣角辺り。正面「原田家之墓」。「泰光院政山賢英居士」。来歴と胸像あり。