平山秀雄(ひらやまひでお)    明治6年1月19日〜昭和27年6月4日(1873-1952)

    レッテルの開祖。父、平山善十郎(次男)。号、翠竹。香川県出身。長兄巻太郎死去のため5代当主となる。少年期香川塾で漢学を習う。明治29年(1896)「シタダシレッテル」の製造販売を始める。「シタダシレッテル」は、正札(値札)のことで、はじめは切手のように裏にアラビア糊がついていて、舌で舐めて貼り付けるタイプだった。全国や海外にも出荷した。昭和16年(1941)全国正札・レッテル組合連合会会長。昭和17年(1942)平山秀山堂を創立。印刷工場は、池の端2丁目の根津よりの不忍通り沿いにあった。80歳。

墓は、谷中霊園 甲8号11側。「平山家之墓」。「顕徳院秀山道叡大居士」。横書きの顕彰碑がある。