保科正之(ほしなまさゆき)    慶長16年〜寛文12年(1611-1672)

    会津松平家初代藩主。父、2代将軍徳川秀忠(側室の子で四男)。信州高遠の城主保科正光の養子となる。3代将軍徳川家光により会津城主とされる。また、家光に命じられ4代将軍徳川家綱の後見役となる。慶安4年(1651)家光が上野東照宮を再建したときに青銅灯篭を奉納した。