市橋政信(いちはしまさのぶ)     元和9年10月5日〜元禄17年1月1日(1623-1704)

    近江仁正寺藩の第2代藩主・仁正寺藩市橋家3代当主。幼名、兵吉。父、初代藩主市橋長政(長男)。母、小山田茂誠の娘。正室、板倉周防重宗の娘(寿香院)。継室、溝口出雲守宣直の娘(慈光院)。養嗣子、市橋信直(弟市橋政直の長男)。従五位下、下総守。寛永6年(1629)7歳のとき将軍徳川秀忠に謁見。慶安元年(1648)父の死去にともない家督を相続。駿府城の加番・京都警護などを務める。82歳。

墓は、南禅寺墓地(西日暮里3-8-3)。高台墓地入り口。正面「龍源院殿前綛州太守覚潭玄澄大居士」。