井上親雄(いのうえちかお)     明治2年〜昭和13年12月12日(1869-1938)

    大正期に小倉港を築港した海軍省臨時海軍建築部技師。明治29年(1896)東京帝国大学卒業。工学士。呉海軍工廠に在籍。のち海軍建築部に移る。日産コンツエルン創始者の鮎川義介(あゆかわよしすけ:1880-1967)の総監督のもとで大正6年(1917)に計画し小倉港を築港。小倉港は、当時としては大きい5000トン級の船舶が自由に碇泊できる規模で一大プロジェクトだった。従四位勲三等。69歳。

墓は、寛永寺谷中墓地。乙11号5側辺りから入る。正面「井上家之墓」。