井上延陵(いのうええんりょう)/井上八郎(いのうえはちろう) 文化13年9月16日〜明治30年4月2日(1816-1897)
北辰一刀流の剣豪・第二十八国立銀行頭取。父、延岡藩士井上主膳。日向延岡(宮崎)出身。名、八郎。号、延陵。13歳のとき熊本の山東弥源太に学ぼうとしたが果たせず、商人樋口家の家僕となり、余暇に儒者内田耕助に学ぶ。15歳で江戸に出て千葉周作の門に入る。嘉永6年(1853)幕臣となり、徒頭の男谷精一郎組の御徒となる。同年3月講武所剣術教授方。安政3年(1856)幕府講武所剣術師範。文久3年(1863)正月には浪士取扱取締役となるも、翌月に免じられ富士見宝蔵番となる。慶応2年(1866)正月剣術師範役並。慶応4年(1868)遊撃隊頭取を経て歩兵奉行。のち静岡浜松城代兼中泉奉行。明治4年(1871)水俣県権参事。のち、辞して静岡県7等出仕。明治11年(1878)浜松の第二十八国立銀行を創立し頭取となった。明治13年(1880)東京に移住。82歳。
谷中霊園 了ごん寺墓地。谷中霊園隣接地 甲3号5側奥。さくら通りから入って最奥。正面「井上延綾/井上芳子 墓」。
※ 2009年11月撤去。新規分譲地となった。