岩瀬徳三郎(いわせとくさぶろう) 明治20年〜昭和46年2月2日(1887-1971)
東ソー(旧東洋曹達工業)創業者・工学博士。父、岩瀬利右衛門(三男)。千葉県出身。大正3年(1914)九州帝国大学院にてアンモニアソーダー法を研究。米国留学を経て、大正7年(1918)日本曹達(現トクヤマ)に入社。のち取締役技師長となったが、昭和10年(1935)東洋曹達工業を創立し社長となる。昭和12年(1937)東曹産業を創立、社長。日本におけるソーダー工業のパイオニアとなる。昭和15年(1940)工学博士。また、戦時中は、海水より直接臭素を製造し、化学工業界に大きく貢献。日本曹達専務・徳島無尽取締役・東曹商事社長。従四位勲三等。85歳。
墓は、寛永寺谷中墓地。徳川慶喜墓脇の通路沿い。一ツ橋家墓域横。正面「岩瀬家之墓」。「遍照院殿祥誉徳道居士」。