杵屋六三郎(きねやろくさぶろう)・10代    安政4年〜大正9年9月29日(1857-1920)

    長唄三味線方。本名、大槻金次郎。初名、杵屋金次郎。前名、杵屋六太郎。9代杵屋六三郎は、8代目の次男で、父の亡師の山中姓を継ぎ、山中新太郎となったが、没後、9世の義理の叔父六太郎が家系の絶えるのを惜しみ、大槻金次郎が大正6年(1917)11月に10代杵屋六三郎を襲名した。9代の義理の叔父で11代は甥にあたる。64歳。「是経院法金日徳信士」。64歳。

杵屋六三郎(きねやろくさぶろう)・11代     明治23年9月7日〜昭和42年11月13日(1890-1967)

長唄三味線方。本名、山崎忠之助。前名、4代杵屋六太郎。10代の甥。東京深川出身。幼少より叔父10代に師事し、18歳で六二郎を名乗り、明治座で初舞台を踏む。大正6年(1917)立三味線に昇進、六太郎と改名。大正9年(1920)11代杵屋六三郎を襲名(大正12年説あり)。六宝会当主として「芙蓉会」・「桔梗会」に属す。長唄協会理事。作曲:「木場の面影」。77歳。「練達院伎芸日忠居士」。77歳。

墓は、本壽寺(谷中1-4-9)。井戸前の通路を入り、3本目の通路を右に曲がり右側。正面「先祖代々の墓」。花鉢に「山崎」と「大槻」とある。2009年10月啓運寺から改葬。