衣笠南翁(きぬがさなんおう)    延宝8年2月17日〜延享3年8月22日(1680-1746)

    松阪藩儒者。名、一淳。字、宗葛。通称、六郎左衛門。号、南翁。父、讃岐高松藩士衣笠通斎。石見浜田藩士今村一正(いまむらかずまさ:1574-?)/六左衛門の孫。赤穂播州出身。伯父の養嗣子となり、松阪藩松平侯に仕えたが、多病のため致仕。晩年は江戸に出て塾を開き教授。門弟は戸外に溢れるほどで、諸侯・諸太夫からも招かれ講義した。67歳。
※ 故人歴情報の提供は、森光俊様。

墓は、玉林寺墓地(谷中1-7-15)。墓地入り口の階段上より右前方の枝垂れ桜まで行き、馬場家之墓前に進み、左側突き当り。正面「南翁衣笠先生之墓/嗣子一隆涙血立」。「南翁一湾居士」。