古筆家

古文書鑑定家。江戸前期の古筆了佐(1572-1662.1.28)が初祖。

古筆了任(こひつりょうにん)・2代     慶長14年〜延宝5年(1614-1677)

     古筆別家第2世。本姓、古筆守村。父、古筆別家の祖古筆一村(勘兵衛:?-1650)。「一峰了任居士」。生没年は、慶長15年〜延宝元年4月14日(1615-1673)説あり。

古筆了仲(こひつりょうちゅう)・初代     明歴2年〜元文元年8月30日(1656-1736)

     古筆別家第3世。本名、古筆守直。字、勘兵衛。通称、務兵衛。了任(守村)の養子。はじめ清水了因と名乗り、古筆了伴の門人となる。幕府古筆見に採用される。81歳。「賢叟了仲居士」。

古筆守村(こひつしゅそん)・2代?     元禄4年?〜天明4年5月6日(1691?-1784)

     古筆別家4世?。父、古筆了仲?。「良獄宗知居士」。

古筆了仲(こひつりょうちゅう)・4代     ?〜明治24年3月21日(?-1891)

     古筆別家第?世。「釣玄斎俊翁了仲居士」。国立博物館にある六窓庵(ろくそうあん)は、慶安年間(1648-1651)に奈良の興福寺慈眼院(じげんいん)に建てられ最終的に昭和22年(1947)に再建されたが、水屋、寄付、腰掛などは明治14年(1881)に古筆了仲(こひつりょうちゅう)によって設計、増築された。

古筆了任(こひつりょうにん)・?代     ?-昭和8年4月28日(?-1933)

     古筆別家第?世。古筆家最後の古文書鑑定家。「静観院大道常明了任居士」。

墓は、臨江寺墓地(谷中1-4-13)。墓地高台側右奥。複数の墓碑があるが、確認したのは上記のとおり。墓誌におびただしい人数が記録されており、また、墓誌が読みにくいため洩れている可能性あり。同名が複数いて複雑。また、多くの資料に違いが見られ、正確性に疑問がある。

その他、未確認のものとして下記がある。

古筆了佐(こひつりょうさ)     天正10年〜寛文2年1月28日(1572-1662)・・・1582説あり
     古筆家の祖。名、節世または範佐。通称、弥四郎のち了佐。号、正覚庵檪材。源姓平澤氏。屋号、麩屋。了佐は、法名。近江西川出身。近世初め茶道の興隆と共に古筆愛好熱が高まり、古筆の需要と鑑定の専門家を必要とし、これに応えて一家をなす。近衛前久の支援を受けた。関白豊臣秀次に仕える。筆跡鑑定に長けた。和歌を烏丸光廣に学び、共に古筆を研究し、姓を古筆と改める。同家に代々使用する琴山の金印は、関白秀次から賜ったと伝えられる。81歳。

古筆了栄(こひつりょうえい)     慶長12年〜延宝6年10月8日(1607-1678)
     古筆家第2世。名、定門。通称、源五郎のち三郎衛門。父、古筆了佐(四男)。72歳。

古筆一村(こひついっそん)     ?〜慶安3年10月(?-1650)
     古筆別家祖。父、古筆了佐(三男)。通称、勘兵衛。姓、平澤。京都出身。俳諧を松永貞徳に学ぶ。

古筆了雪(いこひつりょうせつ)     慶長17年〜延宝3年4月14日(1612-1675)
     古筆別家2?世。名、重光。通称、次右衛門。号、無心庵・古雪・道撲。俳名、重光。父、古筆了佐(五男)。俳諧を良くし諸事に明るい。64歳。「無心庵古雲道撲居士」。

古筆了祐(こひつりょうゆう)     正保2年〜貞享元年4月20日(1645-1684)
     古筆家第3世。通称、八郎兵衛または八兵衛。号、定香のち剃髪して了祐。別号、香蔵子。父、古筆了栄(八男)。俳人としても知られた。金森宗和に学び茶道に通じた。40歳。

古筆了周(こひつりょうしゅう)     寛文10年〜貞享3年1月元旦(1670-1686)
     古筆家第4世。名、重忠。号、不妙菴法宣。本姓、小川。母、古筆了佐の娘。母が小川家に嫁し、了周を産み、古筆了祐の養子とした。17歳。

古筆了a(こひつりょうみん)     正保2年〜元禄14年2月19日(1645-1701)
     古筆家第5世。名、重政。通称、六蔵。号、即空庵玉翁。父、古筆了雪(二男)。古筆了周早世により遺蹟を継ぎ五世となる。57歳。

古筆了音(こひつりょうおん)     延宝2年〜享保10年6月(1674-1725)
     古筆家第6世。父、古筆了a(二男)。52歳。

古筆了延(こひつりょうえん)     宝永元年〜安永3年7月15日(1704-1774)
     古筆家第7世。名、長泰。号、玄仲庵。父、古筆了音。71歳。

古筆了泉(こひつりょうせん)     元文5年〜天明2年7月晦日(1740-1782)
     古筆家第8世。名、はじめ了就。号、鏡照山澗。父、古筆了延。43歳。

古筆了意(こひつりょうい)     宝暦元年〜天保5年8月6日(1751-1834)
     古筆家第9世。名、定常。通称、羊之丞。号、学庵道古。父、神田道僖。了泉没後、師家を相続し琴山の家印を伝える。84歳。

古筆了博(こひつりょうはく)     天保7年〜文久2年8月23日(1836-1862)
     古筆家第11世。名、最信。号、即修庵。父、古筆了伴(四男)。27歳。

古筆了信(こひつりょうしん)     明治10年〜?(1877-?)
     古筆家第13世。東京台東区出身。日本美術協会第2部委員。