小出粲(こいでつばら)    天保4年8月28日〜明治41年4月15日(1833-1908)

    歌人・御歌所寄人。幼名、新四郎。本姓、松田。父、石見浜田藩士松田三郎兵衛(4男)。号、梔園(しえん)。東京出身。江戸派の瀬戸久敬に歌を学ぶ。歌道を得意とするが、絵画・彫刻・囲碁・槍術らも得意とした。明治維新の際、王事に奔走し功績を遺す。のち、家令となる。明治8年(1875)太政官13等に出仕。明治10年(1877)宮内省文学御用掛として御歌所に入る。明治12年(1879)宮内省准判任取扱御用掛。明治21年(1888)判任5等で御歌所所属。のち御歌所主事。明治35年(1902)歌誌「くちなしの露」を刊行。明治40年(1907)勅任待遇。正五位勲4等。弟子に岡山高蔭(1866-1945)など。子に、小出林吉がいる。76歳。歌集「くちなしの花」。「小出粲翁家集」。

※ 名前の読みは、つばら・つぶら・あきら等、資料により様々だが、一番多い”つばら”にした。なお”粲”は、”くちなし”のこと。

墓は、善性寺墓地(東日暮里5-41-14)。山門から入り左側の墓地。中ほどの通路突き当り。正面「梔園小出粲墓」。「光明院連乗日照居士」。護国寺に「梔園小出翁碑」があり、山縣有朋の揮毫、高島張輔撰文を岡山高蔭が書いている。