浪華蓉峰(なにわようほう)・初代    ?〜昭和36年2月4日(?-1961)

    浪曲師。 本名、北村梅吉。美濃大垣東の村の出身。故郷で子供 の頃に初代鼈甲斎虎丸を聴いてから浪花節に魅せられ、東 語光の門に入り、東駒丸と名乗った。16才の時に浪花亭浅造の門に移り、浪花亭小梅と改名した。21才の頃、独立して大垣家駒右ヱ門と改名。23才のとき、浪花亭峰吉の門下に移り、峰若となった。明治41年(1908)27才の年に大好きな役者、新派の伊井蓉峰の名をとって、浪華蓉峰と改名して、その披露を新富座で行った。 「義士伝」 、 「宇都宮釣天井」、 「塩原多助」 、 「太閤記」、 「四谷怪談」 などを演題としていた。2代目に蓉峰を譲ってからは北村大巴と称した。
※ 故人歴情報のご提供は、森光俊様。

墓は、金嶺寺墓地(谷中1-6-27)。門を入り、真っ直ぐ奥へ進み、突き当りを右にずれ、さらに奥に右側4基目の後ろ。正面「北村家之墓」。「寿雲清梅信士」。