小野鵞堂(おのがどう)    文久2年2月12日〜大正11年12月7日(1862-1922)

    書家・鵞堂流開祖。駿河藤枝出身。父、田中藩の武芸師範。本名、?之助(かんのすけ)。別号、斯華廼舎(このはなのや)・二柳居人。はじめ大蔵省書記。成瀬大域に書を師事。恩田豹隠(おんだひょういん)に漢字を師事。明治22年(1889)百人一首を謹書して、皇后(昭憲皇太后)に献上。同時に「仮名古今集序」を公刊。和様の書を研究し明治23年(1890)斯華会を創設し書道の通信教育を始める。明治24年(1891)華族女学校にて講じる。明治33年(1900)東宮御用掛となり東宮妃である九条節子姫に書道を御進講、女子学習院教授。明治36年(1903)雑誌「斯華の友」を刊行。「高野切(こうやぎれ)」第二種を元に清楚明快な書風の鵞堂流を完成。門下には、中村春堂、松下太虚、神郡晩秋、伊藤芳雲らがいる。没時直前に勲五等双光旭日章を授章。61歳。

墓は、谷中霊園。