大橋一蔵(おおはしかずぞう)    嘉永元年〜明治22年(1848-1889)

    明治期の儒学者。小浜氏沢海領代官家出身(新潟県)。明治9年萩の乱に連座し自首し、禁固刑となるが恩赦にて帰郷。(新潟県)弥彦村に明訓校を創立する。明訓校は新潟県立となるが明治21年(1888)に廃校となる。明治19年北海道開拓を志、北越殖民社を創始し江別に入植する。明治22年日帝国憲法発布の祝賀に皇居前和田蔵門に居合わせた折、花電車に轢かれそうになった老女を救い、自らは重症を負って死す。42歳。

碑は、天王寺墓地。さくら通りに面する。