大畑春国(おおはたはるくに/おおはたしゅんこく)    文政元年3月15日〜明治8年12月17日(1818-1875)

    紀州の医師で国学者・浅草神社祠官。号、金斎。医家・歌人の大畑円治の孫。紀伊日高郡志賀村出身。国学者で新道家大国隆正(おおくにたかまさ:1793-1871)の門人。初め野々口隆正に医学を学ぶが、後浅草神社祠官となる。神道霊学者でありながら亀卜の研究家。明治元年(1868)大学小助教宣教権少博士。明治3年(1970)大崎昌庸らと権少宣教使・宣教中講義生。明治5年(1872)浅草神社祠官となる。58歳。著書:「瑞兎奇談(ずいときだん)」・「亀卜雑記」。妻文子(1823-1875)。子に浅草神社祠官大畑弘国がいる。
※ 亀卜とは、亀の甲を焼き、そのひび割れの入り方で吉凶を占う卜占術。

墓は、谷中霊園 甲7号7側。塀側。正面「大畑春国夫妻之墓」。大畑弘国の建之。墓誌は、金井之恭書・廣群鶴◇刻。墓と碑が甲5号14側にあったものを移設し、碑を墓とした形跡がある。