瀬川秀雄(せがわひでお) 明治6年8月22日〜昭和44年9月21日(1873-1969)
学習院名誉教授。父、旧岩国藩士瀬川成器(長男)。山口県玖珂郡錦見(岩国市)出身。明治29年(1896)東京帝国大学史学科卒業。明治31年(1898)学習院講師。明治34年(1901)教授、高等科教員。明治35年(1902)文学博士。大正9年(1920)学習院中等科長。大正10年(1921)学習院高等科長。昭和5年(1930)退官、同名誉教授。この間、陸軍大学講師・毛利侯爵家三卿伝編纂所長・欧米巡暦・広島文理大学講師。のち財団法人岩陽学舎理事長兼岩陽学会長。正三位勲二等。96歳。著書:「西洋通史」、「新選西洋史地図」、「欧州諸国民発達史」、「毛利元就」。
墓は、谷中霊園 乙10号22側。大谷靖墓前。正面「瀬川家之墓」。「秀雄院殿大道碩学大居士」。