橘冠峰(たちばなかんぽう)/橘尚賢(たちばなしょうけん)    享保9年〜寛政6年3月14日(1724-1794)

    讃岐高松藩医。名、尚賢。字、子恭。号、冠峰。父、医師東船即。本姓、東(とう)氏5世東義胤。故あって母姓橘を名乗る。上総国久留里出身。久留里藩士のち讃岐高松藩医。幼くして山口実斎に学ぶ。官医数原通玄に入門。明和中に官命にて「医学館」をつくり、多くの子弟を教授する。のち高松藩に請われ侍医となる。幼科の専門で麻疹・梅毒治療の書を執筆。子の橘尚貞(橘半酔)に高松藩医は引き継がれる。著書:「黴瘡証治秘鑑」、「麻疹精要方」。71歳。

墓は、谷中霊園 甲10号3側。正面「冠峰橘先生墓」。墓碑周りに来歴あり。橘尚貞墓も隣接する。