高木久成(たかぎひさなり)    文化14年10月13日~明治7年12月29日(1817-1874)

    神奈川県大参事。通称、喜久左衛門。父、山城淀藩高木瀬兵衛久寿。京都紅伊出身。父と共に京都に出、のち伏見に移る。生活苦に陥り代官手代林文太夫の養子となる。天保6年(1835)大和五条県令蓑笠之助の公庁見習。天保11年(1840)県令竹垣三右衛門公庁書記。弘化4年(1847)元締に昇進。嘉永2年(1849)養父の実子泰蔵に家督を譲り、原姓に復帰。万延元年(1860)幕府普請役元締格、神奈川奉行支配調役並となり、永世幕府拝謁以上の騎士に加えられる。維新で、神奈川少参事・大参事。明治6年(1873)病気のため辞職。57歳。

墓は、谷中霊園 甲1号8側。正面「正六位高木久成/妻 信子 之墓」。「本覚院殿正六位久成日諦居士」。墓碑まわりに略歴あり。