富山英太郎(とみやまえいたろう)    明治37年?〜昭和47年2月3日(1904?-1972)

    川崎製鉄取締役。父、貴金属商「都屋」店主富山庄助(長男)。東京出身。昭和2年(1927)富士製鉄に入社。昭和10年(1935)日本鋼管に転職。昭和21年(1946)川崎製鉄所製鋼部長。のち副所長。昭和24年(1949)取締役兼技術部長。以後、不詳。68歳。

墓は、本行寺墓地(西日暮里3-1-1)。本堂横の通路を真っ直ぐに行き、左側。荻昌弘墓の隣り。正面「富山家之墓」。「鉄信院殿英鋼日錬大居士」。