山下秀実(やましたひでざね)     弘化4年〜昭和5年1月10日(1847-1930)

    台湾実業界の重鎮。父、旧鹿児島藩士山下半右衛門(長男)。内務省出仕・各県警部長・書記官を歴任。明治26年(1893)退官し、日清戦争後、台湾駅伝社を興し、台湾の通信運輸を営む。また、「台湾新報」を創刊し台湾の啓発に尽力する。台湾商工銀行頭取・台湾貯蓄銀行取締役。帝国製糖社長。正六位勲四等。84歳。

墓は、寛永寺谷中墓地。乙13号右側下、細川家墓域の隣り。正面「正六位勲四等山下秀実之墓」。