安東真鉄(あんどうまがね)    宝暦3年3月10日〜文政10年7月14日(1753-1827)

    神道家・館林藩勘定役。通称、一郎右衛門。号、一方。父、安東直右衛門教典。はじめ父に教育を受け、長じて加茂真淵の門下で国学を学ぶ。但馬守秋元永朝に仕え勘定役となる。傍ら医術・儒学を研究。また、父を助け紡績を業とした。川越織は真鉄の発明。一方、わが国には、儒仏のほかに皇国固有の道があるとして、神道に入り感通術を悟り、70歳を過ぎて惟神道(かんながらのみち)を体得。子の井上真鉄に教える。75歳。なお、井上正鉄は弟子。

墓は、乙9号9側。高台の上。井上正鉄墓の向かって右側に並ぶ。正面「安東真鉄大人之墓」。
※ 安真鉄とする資料が多いが、墓碑銘は、安真鉄である。また、生誕日は、6月の資料が多いが、墓誌より3月10日である。下谷慶安寺より改葬。