浅野養長(あさのやすなが)    明治5年9月5日〜昭和16年3月5日(1872-1941)

    焼津神社宮司・男爵。侯爵浅野長勲(あさのながこと:安芸広島藩第12代藩主:1842-1937)の弟で分家。父、旧広島藩主浅野懋昭(8男)。明治21年(1888)分家、同年11月1日男爵を叙爵。学習院に学ぶ。修道中学総理。焼津神宮宮司。正三位。夫人は、老中酒井忠精の五女登喜子(1885-1942.8.12)。

墓は、寛永寺谷中墓地。阿部正弘墓地内。入って左側。浅野長勲の墓所は広島県広島市の新庄山墓地。