延寿寺(えんじゅじ)    創建:明暦3年8月(1657)

場所:台東区谷中1-7-36
アクセス:千代田線根津駅より言問い通りの善光寺坂を約400m上がり、本光院角(谷中6丁目の信号の40mほど手前)の細い路地を左へ曲がり約250m大きなヒマラヤ杉の先左側。

薬王山延寿寺。日蓮宗。宝暦5年(1755)身延久遠寺末となる。開基:覚性院日勤。本尊塔頭題目:釈迦・多宝・四菩薩・四天王・文殊・普賢・不動・愛染・日蓮木像など15体。このほか日荷堂(にっかどう)には日荷上人の坐像が安置されている。日荷上人は、鎌倉時代後期、武蔵国久良岐郡六浦〈むさしのくにくらきのごおりむつら:神奈川県横浜市金沢区)を中心に活動した日蓮宗僧侶。健脚にまつわる二つの伝説がある。かつて金沢称名寺の僧と囲碁を打ち、称名寺の仁王尊を賭けたところ日苛が勝ち、この像を背負って金沢から身延山久遠寺の山門まで駆け登ったという。もうひとつの伝承は、日荷上人は、六浦で大きな仁王像を造り、日蓮宗本山の身延山山門まで、一昼夜のうちに自ら背負い運び上げたというもの。このため日苛上人は、大力と健脚の神とされ、日荷堂の内部には足・腰の病気平癒を祈願したり、願望成就のお礼のために奉納された下駄や草履、絵馬や文字額が多数掲げられている。現存する絵馬は75点、文字額は8点 。年代は、明治時代59点、大正時代4点、昭和時代(戦前)3点、年代不明17点で、昭和20年以後のものはない(台東区調査:台東区有形民俗文化財(平成7年度登載))。現在でも車椅子の貸し出しステーションとして貢献している。

下記のお墓がある。

横綱鳳谷五郎
刀剣研究家・鑑定家藤代義雄

富増稲荷大明神は、檀徒の蔵田清右衛門氏が、境内守護の神として、寛延年間(1748-1750)に安置したという。帰依する人々は水火風の災禍を免れ、家門が繁盛したと伝えられている。

浄行菩薩は、清水で疾患部を清めて祈願すると、たちまち快方に向かうと言われている。