藤沢親之(ふじさわちかゆき)     天保6年〜明治40年1月16日(1835-1907)

    内務省会計局次長。新潟県出身。旧幕臣で通詞として幕府開港場に赴任。維新後、内務省寺社局長。明治5年(1872)栗山寛教・鈴木則治らと租税少属。明治7年(1874)地理権大属。明治9年(1876)地理大属。明治10年(1877)1等属。明治12年(1879)准奏任御用掛兼山林局准奏任御用掛。明治14年(1881)内務権少書記官地理局次長。明治18年(1885)地理局第3部長、内務省少書記官。明治19年(1886)会計局次長。明治23年(1890)退官。従六位勲六等。子に藤沢利喜太郎がいる。73歳。

墓は、谷中霊園 甲9号11側。正面「藤沢親之/妻 チヨ 之墓」。