狩野洞琳波信(かのうどうりんなみのぶ)     寛政元年〜明治13年9月22日(1789-1880)

     絵画教育者。名、波信。幼名、繁之助・重之。父、狩野洞元または狩野寿石。猿屋町代地狩野家分家2代。東京出身。絵を狩野永徳に学ぶ。海軍兵学寮図学教官。作品:「梅図」など。32歳。「欣淨院洞琳寂照辰信居士」。

※ 江戸中期にも類似名があり資料に混乱が見られるので要注意

狩野洞庭教信(かのうどうていたかのぶ)     文化4年〜明治11年3月7日(1807-1878)

     日本画家。名、教信。父、狩野言信。猿屋町代地狩野家分家7代。神田明神下に塾を持つ。門人に高橋由一(たかはしゆいち:1838-1894)・岩橋教章(いわはしのりあき:1835-1883)がいる。作品:「大坂夏の陣図」など。72歳。「本性院洞庭義山教信居士」。

※ 江戸中期にも類似名があり資料に混乱・不整合がみられるので要注意。

墓は、谷中霊園 乙3号1側。南寄り。当ブロックの奥から2基目。正面「狩埜氏之墓」。上野護国院より改葬。墓誌なし。「明治十五年九月建之」とある。