松平乗長(まつだいらのりなが)     明治元年10月11日〜昭和3年1月12日(1868-1928)

     日本画家・子爵。初名、賢二郎。父、肥前蓮池藩(佐賀県)藩主鍋島直紀(なべしまなおただ)(6男)。東京美術学校(東京芸術大学)日本画科卒業。旧美濃岩村藩主松平乗命(のりとし:1848-1905)の養子となり、その娘芳子(1877-1944.2.20)を娶る。明治38年(1905)家督を継ぎ、子爵となる。明治43年(1910)以降貴族院議員3回。61歳。嗣子、松平乗文。作品:「王昭君嫁胡」。

※ 当家は、松平伊賀守乗元より6世和泉守乗寿次男松平美作守乗政の後裔。

松平乗文(まつだいらのりふみ)     大正5年〜昭和23年3月18日(1916-1948)

     子爵。父、松平乗長(長男)。昭和3年(1928)襲封。32歳。妻和子は、伯爵阿部正直の長女。

松平乗武(まつだいらのりたけ)     大正8年〜昭和20年5月29日(1919-1945)

     父、松平乗長(二男)。松平乗文の弟。子尚武が生まれる直前に戦死。26歳。妻、章子(ふみこ)。

※ 長男の松平尚武(1945.6.9-)は、子供の無かった鷹司平通(たかつかさとしみち:1923-1966)・鷹司和子夫妻の養子となり、鷹司家を継ぎ、NEC系の会社役員・社長を経て、神宮大宮司となる。
※ 鷹司和子(1929-1989)は、昭和天皇の3女であり、今上天皇は義理の叔父にあたり、勲一等。

松平章子(まつだいらふみこ)     ?〜平成17年5月1日(?-2005)

     松平乗武の妻。父、侯爵で神宮宮司の鷹司信輔(二女)。鷹司平通の妹。

松平乗忠(まつだいらのりただ)     ?〜平成18年11月20日(?-2006)

     大給松平家の第19代後裔。昭和電線ホールディングス・グループのSDS社長。

墓は、寛永寺谷中墓地(春性院墓地)。松平乗政墓の隣り。正面「松平家之墓」。