村田正雄(むらたまさお)・初代    明治4年2月4日〜大正14年6月7日(1871-1925)

    新派俳優。本名、村田又彦。父、旧田安藩士村田輔三(5男)。東京出身。実業界をめざすも芝居が好きで、明治27年(1894)望月正義一座に入り、「色と欲二段桜」に若旦那清次郎役で初舞台。藤間藤蔵に踊りを、鶴沢友次郎に義太夫を学ぶ。川上音二郎一座から伊井蓉峰一座に移り活躍していたが、村田正雄一座を組織し松竹合名会社に所属。高田実と並び称されるほどの実力者で、一時は、中村歌扇一座で歌舞伎も演じた。2代目は、甥の本名、村田高一(1891-1950)。3代目は、弟子の稲葉正一。55歳。

墓は、興禅寺墓地 (谷中5-2-11)。本堂脇墓地の道路とは反対側の奥、本堂から遠い角辺り。正面「村田正雄之墓」。「芳泉院顕外精致居士」。墓碑建立は2代目と記されているが、2代目の名は墓誌にない。