新田 潤(にった・じゅん)    明治37年9月18日〜昭和53年5月14日(1904-1978)

    小説家。本名、半田祐一。父、半田仲太郎。長野県上田市出身。昭和5年(1930)東京帝国大学英文科卒業。「小説は裏町育ちである」を信条とし、戦前・戦中も反権力の姿勢を貫いた。在学中に高見順(1907-1965)らと雑誌「文芸文錯」を発行、のち、「大学左派」を発行。昭和8年(1933)高見順・大谷藤子・渋川驍らと同人誌「日暦」を創刊。のちに、円地文子、田宮虎彦(1911-1988)らも参加。昭和11年(1936)高見順らと武田麟太郎の主宰する「人民文庫」にも参加。「崖」、「地下室」などの反権力的な小説を発表した。昭和18年(1943)報道班員として従軍。戦後は、風俗小説を中心とした。作品:デビュー作「煙管(きせる)」、「片意地な街」、「映画館のある街」、「あっちの方」、「川」等。73歳。

墓は、瑞松院墓地(谷中1-4-10)。墓地入口近く、左前方。「新田潤・芳子之墓」。墓碑銘が執筆名になっているのは珍しい。