岡崎遠光(おかざきとおみつ/えんこう) 明治2年〜大正2年11月19日(1869-1913)
明治大正期の実業家。父、水戸藩士下野遠重(長男)。茨城県出身。上京し「同人社」に入り中村敬宇に師事、ドイツ語を学ぶ。岡崎惟素の養子となる。明治28年(1895)ドイツのライプッチッヒ大学で哲学・経済学を修得。ドクトルとなって帰国。哲学博士。明治32年(1899)日本銀行に入り、調査役、国債局事務。渋沢栄一・高松博士らと日韓瓦斯電気株式会社を設立し、このとき曾禰統監の推薦で渡鮮し同社に入り、専務取締役となる(社長はヘンリー・コールブラン)。明治42年(1909)米韓電機を買収。明治44年(1911)朝鮮総督府より電気事業の許可を地元資本の大田電気が得て、大田電気株式会社を設立し、会長となる。京城商業会議所会頭。45歳。著書:「朝鮮金融及産業政策」、「金・銀・為換」、「婦人問題」、「貯蓄要論」、「日本小文典」、 「警世評論」。
墓は、谷中霊園 甲11号15側。石畳の通路に面する。正面「岡崎遠光之墓」。花台に「日韓瓦斯電気株式会社」の文字が見える。