尾上菊次郎(おのえきくじろう)・3代    明治13年?〜大正8年8月27日(1880?-1920)

    歌舞伎役者。本名、岡田孝次郎。俳名、鴬友・梅花。屋号、音羽屋。前名、8代目尾上芙雀(ふじゃく)。市村座の立女方。はじめ5世菊五郎の門に入り、梅次郎と称す。名題に昇進し芙雀と改名。大正4年(1915)10月3代目尾上菊次郎を襲名。女形にて6代目尾上菊五郎の女房役となり世話物を得意とした。6代目菊五郎が「女の手を握る場合、冷たければ引き寄せて暖めてやりたくなる」と言ったのを覚えていて、菊五郎との共演のとき、 手を水で冷やしたと言われている。「牡丹灯篭」の"お峰"を最後の当たり役となった。当時大流行したスペイン風邪で死亡、享年38歳。しかし、実は享年40歳だったが、本人と両親以外には妻さえ実年齢を知らなかったという。相手役の菊五郎が年下だったので気を遣ったとも言われている。

墓は、大正寺墓地(池之端2-1-21)。奥に入り途中左に曲がった奥近く右側、川路聖謨墓(写真左後ろ)の隣り。正面「岡田家之墓」。「清香院梅花日観居士」。墓誌には享年38歳とある。