大島道太郎(おおしまみちたろう)     万延元年〜大正10年10月11日(1860-1921)

    採鉱冶金学者。父、旧盛岡藩士大島高任(長男)。東京出身。明治3年(1970)大学南校に入学。明治11年(1878)東京大学理学部に転入、採鉱冶金学科に学ぶ。明治12年(1879)自費でドイツ留学、フライベルク鉱山大学に入学。明治14年(1881)冶金工師の学位を得る。明治23年(1890)御料局技師として生野支庁に勤務。第3回内国博覧会審査官。明治24年(1981)大阪製錬所長、工学博士。明治28年(1895)欧米を視察。明治29年(1896)製鉄所技監。明治32年(1899)同技師長兼工務部長。明治33年(1900)渡米。明治41年(1908)東京帝国大学工科大学教授。中国漢口にて没する。従三位勲二等。63歳。

墓は、谷中霊園 乙7号1側。正面「大雄院殿義雲道鑑大居士」。