関根痴堂(せきねちどう)     天保12年〜明治23年9月21日(1841-1890)

    明治中期の儒者にして漢詩人。名、柔。通称、録三郎。号、痴堂。愛知県豊橋出身。小野湖山に認められ、大沼枕山にも劣らずといわれた。晩年「東京新詠」を発行。風俗・人情を歌う。高野山に登り”世のさまの見えすく寺の木立かな”と詠む。渡辺華山の次男渡辺小華の漢学詩文の師として知られる。50歳。

墓は、谷中霊園 甲5号2側。フェンス側へ入り中程。正面「痴堂関根録三郎/妻 琴子 墓」。