柴田芳洲(しばたほうしゅう)    天保10年〜明治23年10月20日(1839-1890)

    文人画家。名、弘。字、子道。通称、栄三郎。愛知県出身。喜田華堂に師事し、四条派を学ぶ。のち、村田香谷に師事し、文人画に転向。のち、名古屋から東京に移り、自分の一生を絵巻にする。夫人のぶは、水野年方の門人の浮世絵師の年人のこと。某資料には、「奇行頗る多かりき」とある。51歳。著書:「大東閏語」。作品:「明治初年愛知県公立病院外科手術の図」など。

墓は、天王寺墓地。千人塚裏の左奥隅。「芳洲画史之墓」。「仙遊院錦洞芳洲居士」。