富永冬樹(とみながふゆき)    ?〜明治32年6月30日(?-1899)

    大審院判事・東京株式取引所理事。父、旧幕臣代官手代富永惣五郎(二男)。下谷茅町(池之端)に住む。明治4年(1871)岩倉使節団に参加し欧米を巡遊。明治8年(1875)司法7等判事。明治11年(1878)東京上等裁判所判事。明治15年(1882)東京控訴裁判所判事。明治17年(1884)松江始審裁判所長。のち、京都始審裁判所長、大審院部長。弟、高等商業学校(現一橋大学)校長矢野二郎。妹益は、ハワイ移民局長・イタリア総領事だった中山譲治夫人。妹栄は、三井財閥の益田孝男爵夫人。
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谷中霊園 甲11号11側。「勝徳院殿添苑冬樹大居士」。