上 真行(うえさねみち)     嘉永4年〜昭和12年2月28日(1851-1937)

    雅楽家。父、上真節。小学唱歌を編纂し、唱歌「一月一日」を作曲(作詞:千家尊福(せんげたかとみ))。師範学校・女子師範学校・学習院で教鞭を執る。のち、東京音楽学校教授。唱歌教授創始の先駆者。大正6年(1917)宮内省楽部楽長。正倉院の楽器および雅楽の調査に参画し、大きな実績を残す。また、漢詩家でもあり、号を夢香と名乗る。上京し、はじめ大沼枕山の影響を受け、のち岩渓裳川の影響を受けるようになり、明誌の風尚に加え、袁随園の性霊主義を取り入れ、格調高い作詞をした。誌は「花月新報」、「桂林一枝」に寄稿。福井学圃の「涵詠吟社」・「随鴎吟」に参加し、江木冷灰の「◇◇会」で常連となる。正八位。87歳。作曲:「日本男児」、「学の力」、「謡ひて謝せよ」、「かたみの琴」、「あられ」、「旅の後」、「山陵」、「父の墓」、「故郷の文」、「自然の友」、「あすは千里」、「朝ぼらけ」など。
※ 「一月一日」:
一、年のはじめの 例とて、終なき世の めでたさを、松竹たてて、門ごとに いはふ今日こそ たのしけれ。
二、初日のひかり さしいでて、四方に輝く 今朝のそら、君がみかげに 比へつつ 仰ぎ見るこそ たふとけれ。

墓は、谷中霊園 甲4号5側。正面「寂然院幽毀白雲居士/雲光院幽窓妙月大姉」。