石塚宗通(いしづかそうつう)    文政8年〜明治41年(1825-1908)

    表千家の茶人。号、不染庵(ふせんあん)。川上不白系の川上宗雪の門人で不白流石塚流の第3代に請われて養子となり第4代を継ぐ。豊後福岡藩中川公に仕える。弟子に蒔絵師梅澤隆真・辻宗謙がいる。また、岡倉天心も茶をたしなんだが、直接の師はなく、妻の基が石塚宗通に習っている。84歳。

墓は、谷中霊園乙11号6側。明治39年(1906)自書により墓を建てる。正面「不染庵石塚宗通居士」。