戸塚文雄(とつかふみお)     明治11年12月8日〜昭和4年4月5日(1878-1929)

    明治大正期の医者。父、戸塚文海(三男)。母、久保氏。号、春浦。東京出身。明治28年(1895)7月ドイツに留学し、細菌学を専攻。ドクトル デル メジチーネの学位を受ける。明治41年(1908)4月帰国。父・祖父に継ぎ一般診療に従事。関東大震災で邸宅を焼失し、多くの学術資料も焼失した。52歳。

墓は、天王寺墓地。朝倉文夫墓向かい。正面「戸塚文雄墓」。「承徳院殿仁岳文雄居士」。