上原鹿造(うえはらしかぞう)    慶応元年12月〜昭和10年10月4日(1864-1935)

    弁護士・衆議院代議士。豊後(大分)出身。東京専門学校(早稲田)卒業。明治30年(1897)鳩山和夫・花井卓蔵らと日本弁護士協会を設立。のち、同協会副会長。明治36年(1903)衆議院議員(憲政本党)。明治42年(1909)の京成電気軌道株式会社の創立に参画。万歳生命保険の創立にも参画。大正5年(1916)侯爵細川護立氏にかかわる有価証券取戻訴訟時の弁護士団の一人。大正9年(1920)3月早稲田大学会計監督、大正10年(1921)11月同監事。71歳。

墓は、谷中霊園 乙2号5側。通路を挟んでニコライ墓の隣り。正面「上原家之墓」。「高徳院法誉哲道居士」。