蘆野敬三郎(あしのけいざぶろう) 慶応2年〜昭和16年2月17日(1866-1941)
数学天文学者・海軍大学教授。東京帝国大学理学部卒業。学生のとき明治20年8月の皆既日食を白河にて、アメリカの天文学者ドット博士の通訳兼協力者として菊池大麓と共に観測に参加。明治33年(1900)文部省が行ったローマ字表記調査委員となり、上田萬年、磯田良、大西祝、神田乃武、蘆野敬三郎、金子銓太郎、小西信八、藤岡勝二、高楠順次郎、湯川寛吉、渡部董之介の11名で報告をする。日本数学物理学会会員。長く海軍大学教授を勤め、退官後、理化学研究所の図書の係を勤める。従三位勲二等。75歳。二男は、外交官の蘆野弘。著書:「中等算術教科書」。訳本:「宇宙之進化」。
墓は、谷中霊園 甲10号7側。正面「蘆野家之墓」。「安禅院殿洪宇寛敬大居士」。