大橋陶庵(おおはしとうあん) 天保8年9月10日〜明治15年8月6日(1837-1882)
儒家・詩人・文学者。名、正Z(まさてる)。字、仲載。本姓、河田。通称、Z次(てるじ)。号、陶庵。父、幕臣河田興(河田抽斎)(二男)。佐藤一斎の孫。のち、大橋訥庵の長女誠と縁組して養子となる。栃木出身。詩書を能くし、家塾を開いて子弟を教育する。勤王家で、熱烈な尊王攘夷論者である養父大橋訥庵が企てた、水戸藩浪士が老中安藤信正を襲撃した「坂下門の変」に連座し幽獄される。維新後大学教授となる。のち、家塾を開く。46歳。子に、東海銀行頭取の菊池長四郎がいる。4男は、大橋正|(菊池修軒:菊池静軒仲盛の養子で2代目永之助:明治39年8月26日没:35歳:龍谷寺墓地)
墓は、天王寺墓地。甲9号18側横入り約50m右側。大橋訥庵墓域内。正面「陶庵大橋君之墓」。