長田秋涛(おさだしゅうとう)    明治4年10月5日〜大正4年12月25日(1871-1915)

    劇作家・仏文学者。フランス文学者・劇作家・翻訳家。本名、忠一(ただかず)。号、酔掃堂。静岡県出身。父、長田圭太郎(長男)。学習院を卒業。フランス・イギリスに留学し、政治・法律を研究。明治26年(1893)帰朝。傍ら文芸を好み演劇に精通する。明治30年(1897)伊藤博文の秘書官として欧米を視察。早稲田大学で教鞭を執る傍ら、演劇革新運動を興し、演劇改良に功績。またフランスの戯曲・小説などを翻訳し紹介した。とく デュマ・フィス 作のフランス文学「椿姫」の訳者として知られる。父長田圭太郎は、小栗上野介(1827-1868)の開設した「フランス語伝習所」の第一期生。九世市川団十郎をキーマンに穂積陳重一家、尾崎紅葉(1868-1903)、和田垣謙三(1860-1919)、阪谷芳郎などの交遊がある。また、明治25年(1892)箱根で川上音二郎と知り合っている。創作戯曲「菊水」、「王冠」などを発表。明治36年(1903)「椿姫」の翻訳で有名となる。我が国外国劇移入の先駆者。帝国劇場設立に参画し支配人となる。一方、シンガポールでゴム園を経営、また日本初のケーブルカーを導入するなどでも知られる。45歳。訳著:「祖国」、「怨」、「寒牡丹」、「鐘楼守」、「三恐悦」、「吸血鬼」。

墓は、谷中霊園 甲3号6側。さくら通りから2基目。正面「秋涛長田忠一墓」。「天空院殿秋涛日海居士」。