徳川達道(とくがわさとみち)/慧光院 明治5年〜昭和19年12月29日(1872-1944)
一橋徳川家第11代当主・伯爵。父、先代徳川茂徳(四男)。室、徳川鉄子。後継者がなく、水戸家の当主徳川篤敬(あつよし)の次男
徳川宗敬(むねよし:1897-1989)を養子とする。72歳。
徳川鉄子(とくがわてつこ)/真月院 明治8年10月27日〜大正10年12月10日(1875-1921)
徳川達道の正室。父、徳川慶喜(四女)。母、側室新村信。明治23年12月30日結婚。
墓は、寛永寺谷中墓地。一橋家墓域内。徳川慶喜墓前の石塀囲いの中。最も通路沿い。正面からは木の葉で見えにくいが、裏側は良く見える。正面から向かって右側が達道、正面「慧光院殿超達道観大居士」。左側が鉄子、正面「真月院殿玉容妙徹大姉」で、笠の四面中央には三葉葵の紋がある。写真は、裏側から撮ったもの。
※ ○男、○女の○は、資料により異なるが、「徳川将軍家墓碑総覧」による。