原田直次郎(はらだなおじろう)    文久3年8月30日〜明治32年12月26日(1863-1899)

    洋画家。父、原田一道(二男)。江戸小石川柳町出身。7歳で大阪開成学校に入り、フランス語を学ぶ。明治6年(1873)東京外語学校に入学、明治15年(1882)卒業。この間山岡成章に洋画を学ぶ。19歳で大久保貞と結婚。明治15年(1882)天絵(てんかい)学舎に入り、高橋由一、高橋源吉に師事。明治17年(1984)ミュンヘンに留学し、ガブリエル・マックスに師事。留学中に森鴎外と知り合い、のち鴎外の小説「うたかたの記」の主人公 巨勢のモデルとなる。明治20年(1887)帰国。明治21年(1888)私塾「鍾美館」を開くが、熟生から謝礼金を受け取らなかった。明治22年(1889)明治美術会の創立時会員となる。明治23年(1890)「騎龍観音」妙技三等賞を受賞。しかし、黒田清輝がフランスから帰国し、印象派の新風を吹き込むと、原田は旧派の頭領と目され人気が落ちる。身体が弱く制作数は少ない。神奈川橘樹郡子安村で没する。37歳。門下に、和田英作・三宅克己らがいる。なお、兄原田豊吉の遺児原田熊雄を引き取る。作品:明治19年(1886)「風景」、明治23年(1890)「騎龍観音」「毛利敬親肖像」、「横井小楠像」、「靴屋の親爺」 など。

墓は、天王寺墓地。巻菱湖墓の南側2基目。正面「原田直次郎/原田貞子 之墓」。没年の記載なし。「隆光院殿清宇直道居士」。